【体験記1】リボ払いが430万円に膨らむまで

この記事は、当サイト管理人が20代半ばから32歳までの約7年間で、リボ払いとカードローンによって借金を約430万円まで膨らませた記録です。

最初に書いておきたいのは、私には「借金をした」という自覚がほとんどなかったということです。ギャンブルもしていませんし、事業に失敗したわけでもありません。ごく普通に働きながら、気づいたら3桁の借金を抱えていました。

なぜそうなったのか。いま振り返れば、明確な分岐点がいくつもありました。この記事では、それを順番に書きます。同じ道を辿っている方が、どこかで立ち止まる材料になればと思っています。

この記事の内容

・最初の1枚とリボ払いの設定

・「支払額が変わらない」ことの意味に気づかなかった

・カードローンに手を出した日

・返済のために借りるという段階

・430万円という数字を初めて直視した瞬間

始まりは、数万円の買い物だった

20代半ばのことです。社会人になって数年が経ち、給料も少しずつ上がっていました。手取りは20万円ほど。特に贅沢はしていませんでしたが、貯金もほとんどありませんでした。

最初にリボ払いを使ったのは、たしか家電か何かの買い物だったと思います。金額は数万円。レジで「お支払い方法は」と聞かれて、月々の負担が小さいという理由で選びました。

毎月の支払いは数千円。負担を感じる金額ではありませんでした。

そして、これが最初の分岐点でした。私はこのとき、リボ払いの仕組みを理解していませんでした。手数料が実質年率15%程度かかっていることも、支払額が一定であることの意味も、知らないまま使っていました。

「支払額が変わらない」ことの罠

リボ払いの怖さは、使っても支払額が変わらないことにあります。

3万円の買い物をしても、5万円の買い物をしても、月々の支払いは同じ。財布の中身が減った実感がないのです。

私は、この感覚に慣れていきました。「今月は少し厳しいけど、リボなら」という判断が、少しずつ増えていきました。

そして、あるとき「自動リボ」の設定になっていることに気づきました。いつ設定したのか、記憶がありません。カードを作ったときにそうなっていたのか、途中で案内に応じたのか。いずれにせよ、その時点で私のすべての利用がリボ払いになっていました。

明細を見ても、残高の欄はあまり気にしていませんでした。見ていたのは「今月の支払額」だけです。それが変わらない限り、問題ないと思っていました。

2枚目、3枚目

1枚目のカードの利用枠が上限に近づいた頃、2枚目を作りました。理由は覚えていませんが、たしか年会費無料のキャンペーンか何かだったと思います。

2枚目ができると、1枚目の負担が分散されたように感じました。実際には、借入先が増えただけです。

3枚目を作ったのは、20代後半だったと思います。この頃には、月々の支払総額が5万円を超えていました。手取り22万円ほどでしたから、2割を超えています。

それでも、まだ「返せている」と思っていました。滞納したことは一度もなく、毎月きちんと引き落とされていたからです。

いま思えば、この「返せている」という感覚こそが問題でした。返済額の大半が手数料に消えていて、元金がほとんど減っていないことに、気づいていなかったのです。

カードローンに手を出した日

明確に覚えている分岐点があります。

ある月、カードの支払いと家賃が重なって、口座の残高が足りなくなりました。数万円の不足です。給料日まであと1週間。

そのとき、私はカードローンに申し込みました。審査は数時間で通りました。

借りたのは10万円ほどだったと思います。翌月に返せばいい、と考えていました。実際には、返せませんでした。翌月も同じように不足が生じたからです。

この段階で、私の借入は「買い物のためのもの」から「生活を回すためのもの」に変わっていました。性質がまったく違うのに、私はその違いを認識していませんでした。

そして1年ほどのうちに、2社目のカードローンにも申し込みました。

合計5社になっていた

30歳を過ぎた頃、私の借入先はクレジットカード3枚とカードローン2社の、合計5社になっていました。

毎月の返済額は、合計で10万円を超えていました。手取りは25万円程度。返済負担率は4割を超えていたことになります。

この頃の生活を思い出すと、常に金額のことを考えていました。給料日の前後で何ができるか。今月はどの支払いを優先するか。頭の中の一定の割合が、常に計算に占領されている状態でした。

そして、支払いのために別のカードを使うことが、日常になっていました。

「返済のために借りる」という段階

これが、最後の、そして最も決定的な分岐点です。

正確に言うと、私は「返済のために借りる」という形は取っていませんでした。そういう自覚はなかったのです。

私がやっていたのは、こういうことでした。返済で口座の残高が減る。生活費が足りなくなる。その分を、別のカードで払う。食費や日用品を、カードで買う。

ただの買い物をカードで払っているだけ、という認識でした。

しかし実態は、返済のために借りていたのと同じです。返済をやめれば、そのカードを使う必要はなかったのですから。

この構造に入ると、総額は加速度的に増えます。返済しても、借りた分だけ増える。しかも、借りた分にも手数料がつく。元金はまったく減らないまま、利息だけが積み上がっていきました。

あの頃の、日常の質感

数字の話ばかり書いてきましたが、実際の生活がどうだったかも記しておきます。金額より、こちらのほうが伝わるかもしれません。

口座の残高を見るのが怖かった

ATMやアプリで残高を確認するとき、一瞬息を止めるような感覚がありました。想定より少ないことが多かったからです。

そのうち、確認する頻度が減りました。見なければ、その事実に直面しなくて済む。いま思えば完全に逆効果ですが、当時はそうやって自分を守っていました。

給料日の前後で、生活が二つに分かれていた

給料が入った直後の数日と、それ以外。同じ月の中に、まったく違う生活が二つありました。

給料日の翌日にはほとんどが引き落としで消え、残った金額で3週間を過ごす。月末に近づくほど、選べるものが減っていきました。

買い物のたびに計算していた

コンビニで飲み物を買うときですら、頭の中で残高を計算していました。数百円の判断に、毎回思考を使っていたということです。

この積み重ねが、じわじわと消耗させます。金額の大きさより、思考が常に占領されていることのほうが、日常を重くしていました。

楽しいはずの場面で、金額のことを考えていた

友人との食事、休日の外出。そういう場面でも、頭の片隅で計算していました。その場にいるのに、完全にはいないという状態です。

この感覚は、返済が終わるまで続きました。

誰にも言えなかった

7年間、この状況を誰にも話しませんでした。

言えなかった理由

ひとつは、自分の失敗だと思っていたからです。ギャンブルでも事業の失敗でもなく、ただの生活費とリボ払い。「管理ができていないだけ」と評価されるのが怖かったのだと思います。

もうひとつは、相談しても解決しないと思っていたことです。友人に話しても、お金を貸してもらうわけにはいきません。だとすれば、話す意味がない。そう考えていました。

結果として起きたこと

誰にも言わなかったことで、7年間、誰からも「それはおかしい」と言われませんでした。

いま思えば、これが最も大きな損失だったかもしれません。自分ひとりの判断で、7年間ずっと同じ方向へ進み続けたということですから。

もし途中で誰かに数字を見せていたら、「手取り25万円で返済13万円は、無理では」と、たった一言で言われていたはずです。私が1年かけて理解したことを。

相談したのは、結局プロだった

最終的に私が話したのは、家族でも友人でもなく、専門家でした。利害関係がなく、守秘義務があり、同じ相談を日常的に受けている相手です。

この選択は、いまも正しかったと思っています。ただ、そこへ辿り着くまでに7年かかったことだけが、悔やまれます。

おまとめローンに落ちた

32歳になる少し前、さすがにこれはまずいと感じ始めました。そこで考えたのが、おまとめローンです。

複数の借入を1本にまとめて、金利を下げる。これで楽になるはずだ、と本気で期待していました。

1社目に申し込みました。結果は否決。2社目にも申し込みましたが、同じく否決でした。

このとき、私は「たまたま条件が合わなかった」「もっと探せば通るところがある」と考えました。実際には、金融機関が2社続けて「この人にこの金額を貸すのはリスクが高い」と判断したということでした。

いま思えば、これは重要な判定でした。プロが返済能力に懸念があると見た状態を、自力で乗り切れるはずがなかったのです。しかし当時の私は、その意味を受け取れませんでした。

自力で何とかしようとした1年

おまとめに落ちた後、私は自力返済に切り替えました。

やったことは、食費を削ることでした。自炊を増やし、外食を減らし、コンビニに寄らないようにしました。捻出できたのは、月に1万円程度でした。

ボーナスも全額を返済に充てました。しかし、手元に資金を残さなかったため、その後の数ヶ月で支出が発生するたびに、また借りていました。返した分を、借り戻していたのです。

繰り上げ返済も試みました。ただし、充てる先を金利で選んでいませんでした。「1社でも減らせば楽になる」と考えて、残高の少ない借入を優先していました。それはたまたま、金利の低いものでした。

1年近く、こうした努力を続けました。残高は、ほとんど変わりませんでした。

いま振り返って分かるのは、努力の方向がすべて間違っていたということです。そして、そもそも成立しない計算だったということです。

430万円という数字を初めて見た日

相談に行くと決めたのは、32歳のときでした。決め手は、特別な出来事ではありません。ただ、疲れ果てていました。

相談の前に、5社の残高を書き出しました。それまで、合計額を出したことが一度もなかったのです。

怖かったからです。合計を出せば、それが現実になってしまう気がしていました。

紙に書き出して、電卓を叩きました。出た数字は、約430万円でした。

正直に言うと、想像より80万円ほど多い金額でした。頭の中では「350万円くらいだろう」と思っていたのです。把握していないつもりで、実際には過小に見積もっていたということでした。

そして、もうひとつ愕然としたことがあります。利息の計算です。年15%前後で430万円なら、利息だけで月に5万円を超えています。私は月13万円払っていましたが、元金に充てられていたのは8万円程度でした。

この計算を、私は1年前にすべきでした。数字を見ていれば、「頑張れば返せる」という感覚が事実に反していることが、5分で分かったはずです。

数字を見た後のほうが、楽になった

意外だったのは、430万円という数字を知った後のほうが、気持ちが楽になったことです。

それまでは、「いくらかわからない、とにかく多い」という状態でした。無限に近いものとして、頭の中で膨らんでいたのです。

それが、430万円という有限の数字になりました。大きな金額ですが、少なくとも輪郭がありました。

そして、この数字を持って相談に行くことになります。その日のことは、別の記事に書きます。

7年間で、何に使ったのか

430万円という金額を見て、多くの人が思うはずです。「何にそんなに使ったのか」と。

私自身、相談へ行く前に同じことを考えました。そして、答えが出せませんでした。

高額な買い物をした記憶がない

車も買っていません。ブランド品を集めてもいません。旅行に頻繁に行ったわけでもない。430万円に相当する「物」が、手元にひとつもありませんでした。

内訳を考えてみると

あらためて整理すると、こうなります。

①手数料と利息。これが最大でした。年15%前後で数年間回していれば、それだけで100万円台に達します。

②生活費の補填。返済で足りなくなった分を借りて埋める。この積み重ねです。1回あたりは数万円でも、7年分となれば相当な額になります。

③日常の買い物。食費、日用品、交際費。一つひとつは、記憶にも残らない金額です。

これが、この種の借金の特徴

ギャンブルや事業の失敗なら、「あのとき、あれで失った」という明確な出来事があります。反省の対象がはっきりしています。

しかし、リボ払いと生活費の補填で膨らんだ借金には、それがありません。どこにも山場がなく、ただ日常が積み重なった結果です。

だからこそ、途中で気づきにくい。「自分は特に無駄遣いをしていない」という認識が、最後まで維持されてしまうのです。

そして、実際にその認識は間違っていませんでした。問題は使い方ではなく、収支が成立していない状態を借入で埋め続けたことでした。

いま振り返って思う、分岐点

この7年間を振り返ると、立ち止まれた地点がいくつもありました。

①最初にリボ払いを選んだとき。仕組みを調べていれば、選ばなかったかもしれません。

②自動リボに気づいたとき。ここで解除していれば、残高の増え方は違ったはずです。

③2枚目のカードを作ったとき。枠が足りないという事実そのものが、警告でした。

④初めてカードローンを使ったとき。生活費の不足を借入で埋めた時点で、性質が変わっていました。

⑤返済のために借り始めたとき。ここが決定的でした。自覚がなかったことが、最大の問題です。

⑥おまとめローンに2社落ちたとき。プロの判定を受け取れていれば、1年早く動けました。

どの地点でも、数字を計算していれば気づけたはずです。私がしなかったのは、能力の問題ではなく、見るのが怖かったからでした。

同じ道を辿っている方へ

もし、この記事に書いたことのいくつかに心当たりがあるなら、今日、残高を書き出してみてください。15分で終わります。

合計を出すのが怖いなら、一社ずつ書くだけでも構いません。それだけでも、頭の中の無限が有限に変わります。

そして、次の問いに答えてみてください。「返済をやめたら、カードを使う必要がなくなるか」。答えがイエスなら、私と同じ段階にいます。

それは、あなたの意志が弱いという意味ではありません。収支の計算が成立していないという、事実の確認です。私は、その事実を認めるまでに7年かかりました。

この続きは、次の記事に書きます。督促の電話が鳴り始めた時期のことです。

次に読むべき記事を案内します。この続き→【体験記2】督促の電話が怖くて眠れなかった日々。リボ払いの仕組み→リボ払いの記事。借金総額の調べ方→借金総額の調べ方の記事。自力返済の判定→自力返済でいける人の条件の記事

まだ気持ちの整理がつかない方は、借金の悩みを今日軽くする最初の一歩もあわせてお読みください。

この記事を書いた人

当サイト管理人。20代でリボ払いとカードローンにより約430万円の借金を抱え、32歳で任意整理を選択。月々約13万円だった返済を約7.2万円に組み直し、5年で完済した経験を持つ会社員です。体験と公的機関の情報にもとづいて当サイトを運営しています。テーマの性質上、プライバシー保護のため匿名で運営しています。

参考にした公的機関・関係団体

本記事の制度に関する記述は、次の公的機関・関係団体が公表する情報を参照しています。最新の内容は各サイトでご確認ください。日本貸金業協会 国民生活センター 金融庁 日本司法支援センター 法テラス

免責事項

本記事は当サイト管理人の個人的な体験を記したものであり、法的助言や金融商品の推奨を行うものではありません。記載の金利・金額は当時の状況にもとづく概算です。同様の状況にある方の結果を保証するものではなく、個別の判断は、必ず弁護士・司法書士などの専門家、または法テラス等の公的窓口にご相談ください。